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パーパス経営と知財(知財部の高価値化評価策への提言)
2023年03月02日
パーパス経営と知財
(知財部の高価値化評価策への提言)
2023年3月
サン・グループ 会長
弁理士法人藤本パートナーズ 会長
弁理士 藤本 昇
1.はじめに
2023年度がスタートしましたが、数年前から複数の企業の知財部長や知財担当者から「経営者や経営陣が知財の仕事を高く評価してくれない」、「社内における知財部の仕事に対する評価が低い」、「知財部は産業財産権を取得する事務部隊としか認知されていない」等の悩みを、私や私の事務所に相談されることが少なくありません。
このような知財担当者のために、私の長い弁理士経験と現在の大きな環境変化や急速な技術革新の中で、今般私なりにその対応策を提言しますのでご参考にして下さい。
2.弁理士 藤本昇の知財哲学
私は本年度弁理士生活53年目に突入、弁理士法人藤本パートナーズは2024年度に創立50周年となります。
私は、弁理士としてスタート時から「知財は企業のビジネスに貢献しなければ意義がない」、「知財は戦争である」と一貫した哲学に基づき特許事務所を経営してきました。
当初は、中堅・中小企業が依頼企業の大半であったため、権利化はむろん知財のリスク対策、紛争対策、国際対策等はこれらの企業にとっては経営を左右する、正に知財は経営に直結するテーマでありました。
一方、当時の大企業は出願件数のみに着目し、権利化が企業の目的で知財部(当時は特許部)は権利化のための業務が全てで、事務屋的存在であり、企業内においてもその存在価値は高くありませんでした。
3.時代と企業の変遷
上記時代から世の中は大きく変貌すると共に、企業活動がグローバル化する中で、技術革新が始まるにつれ企業間競争が国際的に激化し、知財も一変しました。
その結果、各企業も知財は「経営に資するものでなければならない」とか、「知財が企業経営や事業に貢献乃至は寄与しているのか」が問われ、知財や知財部の使命や役割を見直す時代へと突入し、現在に至っています。
最近では、コーポレートガバナンス・コードの改訂や未公開特許出願等、時代と共に環境も大きく変化しています。
4.パーパス経営に知財が要
(1)本年2月ソニーグループは、2月1日付で十時氏が社長兼COOに昇格する人事を発表し、パーパス(存在意義)経営の実現を目指すこととなりました。
同時に御供氏が副社長CSOに就任することになりました。御供氏はソニー入社後40年近く知財部門に携わる知財のエキスパートで、エンジニアでもなく、財務や営業畑でもない知財の専門家がグループ戦略の司令塔となるのです。
このことによって「クリエイティビティとテクノロジーの力で世界に感動を与える戦略にシフト」したのです。
正にソニーグループにとって、知財を生かすも殺すも知財の戦略次第であることを御供氏の手腕に期待すると共に、経営にとって知財が要であることを如実に示したのです。
(2)また、日産自動車と仏ルノーが資本関係を対等にすると最近発表されましたが、その再編にあるのは知財でした。
日産の内田社長兼CEOは、ルノーとの交渉の中で「知財は企業の生死を握る。後では取り返しがつかない。」と繰り返し主張しました。
自動車産業は新たな価値創造に迫られる大変革期に入ったため、次世代車の成否は知財にかかり、今後の再編は知財の競争力を如何に強化できるかがカギとなるのです。
(3)上記のような最近の事例から見れば明らかなように、企業の今後の戦略として知財は経営の要であり、知財戦略が企業の成長戦略の武器なのです。
正に時代は大きく変革し、知財の重要性が益々高くなっているのです。
知財は企業の武器であることを経営者は認識しなければならないのです。
5.社内知財部の高価値化対策
私の経験からすると、社内、特に経営陣からみて知財及び知財部の価値評価が低い要因は、大別すると第1に知財部自身の使命や役割と実際の業務内容のズレ、第2に経営陣の知財に対する問題意識の欠如にあると思います。
現在のようなIT技術の進化によって企業の技術開発は、「モノからコトへ」、「IoT化」等、新たな技術開発や創造力が今後の企業の生き残り戦略となります。
このような時代に企業の生死を握るのが「知財力」なのです。
知財力は知財部の戦略や具体的実務力の成果によって大きく左右され、これが経営陣の意識や認識を喚起させることになります。
そのための具体的対策として、私は下記事項を提言します。
(1)知財部主導の企業内の横断的連携強化
経営企画部、事業部、開発部、研究所、営業部等、企業内の縦割組織の横断的連携を一段と強化。
その主体は知財部で、知財部が企業の横断的連携を強化し、自社独自なクリエイティビティとテクノロジーの力で独自技術や独自製品を開発し、知財で先行する戦略を推進すること。
(2)武器化戦略(脅威となる武器の製造)
他社に脅威を与える知財の武器化戦略。
今後益々新たな市場(仮想空間を含む)が形成されるにつれ、市場ニーズの多様化や変化が生じる中で、先発企業としての知財の武器化戦略と共に競合他社や後発企業に脅威を与える武器化(差別化)戦略が知財部として最重要テーマ。知財戦略は正に戦争の戦略と同じ。
(3)保有権利の棚卸と活用権利の見直し化
産業財産権は保有権数ではなく、活用又は利用できる権利の有無が重要であるため、市場をチェックして不要又は無用な権利を棚卸し、有効な権利を精査して権利活用を図ること(費用の有効分配)。
(4)知財戦略家と専門家(エキスパート)
知財は企業の生死を握ると言っても過言ではありません。
そのためには知財部に戦略家が必要で、企業経営や事業を理解し、次世代の自社の方向性を把握し、知財戦略を企画・立案・提言できる先見性ある知財戦略家が必要ですが、多くの企業では知財のエキスパートとしての実務家(事務屋)は多いが戦略家に相当する人が少ないのが現状です。
知財部には上記知財戦略家と共に、知財に関する実務家(エキスパート)も同時に必要ですが、外部の弁理士や特許事務所と同じ業務をやる必要はありません。
あくまで企業の知財部である以上、外部に委任できない企業内の事業や開発・研究に密着した知財部員が必要で、専門的な事項(侵害成否、無効可否等の判断)や権利化は外部の信頼できる弁理士(特許事務所)に一任すべきです。
(5)知財部の使命と役割
知財部はあくまで企業の一部門にすぎませんが、その使命と役割は極めて高度で重要です。
現在も多くの企業の知財部は、特許事務所の延長線上のような権利化業務を主として行っていますが、これでは経営陣や社内から高く評価されません。
本来的に知財部の使命や役割は、戦争と同様にどのような武器の開発が重要で、開発及び製造した武器(権利)が非常に有効且つ他社に脅威を与えるかを考え、戦略的に自社の事業や将来の事業に有効(独占化)となるかを多角的に検討することがその使命と役割であるべきです。
単なる権利化のための事務屋としての知財部では意義がありません。
この点は外部の信頼できる弁理士や特許事務所に一任すべきです。
知財部は、各社の特許情報分析や市場の動向、さらには将来の技術動向等の情報を分析して開発部や研究所、事業部、経営陣に提供すると共に、提言することが重要な任務です。
正に知財戦略が全てです。これによって、知財部の評価が高くなることは明らかです。
(6)経営に密着した知財活動
企業である以上、中長期の経営方針があり、その経営方針に沿って研究・開発部門や事業部門等が業務を遂行するものです。
さすれば、知財部は権利化に際し中長期テーマに関する発明であるのか、あるいは中長期テーマの研究に関するテーマの発明であるのか、それとも現状の改善・改良に関する発明であるのか、発明の評価を出願前に行うべきです。
そのためにも特許情報の収集や分析が重要となります。
経営や事業方針に沿った先行特許の権利化は企業の将来の武器化戦略にも沿うことになり、これが経営や事業に資する知財戦略として有効です。
特にコーポレートガバナンス・コードの改訂により、今後より一層知財力の開示が投資家や株主に重要となりますので先行特許の獲得がより重要視されます。
(7)監視体制の強化(知財リスク)
常に他社が自社の権利を侵害していないか否か、あるいは自社が他人の権利を侵害していないか否かの監視体制は知財部の重要な業務です。
特にコンプライアンスの関係上、他人の権利を侵害することになれば、企業リスクは法的のみならず経済的、社会的リスクも大きく、経営陣にとっては極めて憂慮すべき事項となるため、知財部の役割は極めて重要であると同時に、経営陣に知財部の存在価値を高めることになります。
この点は海外対策においても同様です。
(8)海外知財戦略の重視化
海外への特許出願等が増加傾向にありますが、海外での権利化が可能であってもその国で権利が活用されていない多くの企業があります(権利がスリープしている)。
海外市場にシフトする企業にとって、知財力によって模倣対策と同時に権利活用による事業独占化を図らなければ権利化の本来の意義がありません。
このことは、企業経営方針に沿って海外での知財戦略の重要性が問われているのです。
(9)知財力で金を稼ぐことの重要性
知財部の業務は、直接的に売上に貢献することは困難であることを理由に、経営陣から「知財部は金を使うが稼がない」と評される企業もありますが、これは従来型の知財部の業務(権利化が目的)から評されているものです。
知財部は知財力を数値化して経営陣に可視化すべきです。例えば、売上比の高い製品と知財の寄与度、ブランド力と知財の寄与度、デザイン力によってヒットしている商品と知財の寄与度を数値化することによって、知財及び知財部が経営に貢献していることをアピールすることです。
さらにはリスクの監視対策によって、事前にリスクを回避することにより損害の発生を予防していることも重要です。
強い武器によって他社にライセンス許諾し、収益を稼ぐことも知財力です。
その他、受注競争や入札時の知財力も数値化すべきです。
知財で企業が稼ぐことができる及び稼いでいることを可視化することが重要です。
(10)経営陣の意識改革のための研修と知財部長の役員化
上記のような主要な項目を具体化し、可視化して経営陣にアピールし、知財の重要性やその活用によって企業が成長することを研修にて経営陣を教育すべきです。
さらには、前記戦略家としての知財人(知財部長を含む)を取締役又は少なくとも執行役員にすべきです(知財部長の役員化)。
今後経済のブロック化が国際的になり、脱グローバリゼーションが進むとより一層知財が重要となる他、企業間競争が激化するとM&Aや資本参加が進むため知財が重要視されるのです。
このような時代的背景とテクノロジーの進化の中で、クリエイティビティによる知財戦略が、企業価値や企業の成長要因となることを知財部は経営者や経営陣に大きくアピールすべきです。
最近、私に経営者向けの知財セミナーの依頼が増えていますが、このこと自体経営者の意識改革の一手段です。
6.むすび
上記提案事項については、既に実施又は実行されている企業や知財部もあるかと存じますが、上記以外にもIPランドスケープの活用による提言や発明者の人材評価の提言等、その他の項目もありますので、あくまで私の意見としてご参考にして下さい。